靴専科ではナイキやニューバランスなど、様々な人気ブランドのスニーカークリーニングを手掛けていますが、今回ご紹介するのはアディダス「スタンスミス」。歩いているうちに汚れたり傷付いてしまうこともありますがスニーカークリーニングで美しく甦ります。単に洗浄するだけでなく、補色やソールの修理・交換(オールソール)も対応していますので、今回はその手順をご紹介いたします。
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アディダスが誇る人気スニーカー「スタンスミス」
スタンスミスといえば、これまでに5000万足以上売れたと言われるアディダスの定番スニーカー。
年代や品番でも仕様が大きく変わりますが、できるだけご購入いただいた際の状態に近い仕上げを目指してスニーカークリーニングを行います。
ご依頼いただいたスタンスミスは2018年、2年振りに大きなリニューアルが行われた際の上位モデル「CQ2871」。落ち着いたツヤ感が美しいフルレザーモデルです。オリジナルに近い80’Sや前身モデルのハイレット等では光沢感の強い硬めのアッパーが有名ですが、この時代のモデルは非常にしなやかで上質な革が使用されており、リペアした際の復元度も高い特徴があります。
スタンスミスは、現行品モデル「FX5522」で再生ポリエステルが使用されており、2024年までにすべての商品をリサイクル素材に置き換えることが発表されています。もしかしたら、「CQ2871」のようなレザーの良さと風合いを活かしたスタンスミスは、最後になってしまうかもしれません。
また、多くのモデルでバックタブにフェアウェイと呼ばれる鮮やかな緑色が使われていますが「CQ2871」はトレフォイル(三つ葉)ロゴも含めて落ち着いた雰囲気のグリーンを採用。この部分は硬い素材が使用されることが多く、よく割れたりするのですが、この品番は革質が良いので色抜けを補修すれば、しっかり復活してくれそうです。
汚れと劣化でボロボロになってしまったスタンスミスの補修
徹底的にメンテナンスしたいということで持ち込まれたスタンスミスは黒く汚れており、一部は革がめくれてザラザラに……。つま先は外部からの物理的接触で塗膜が剥がれ、凹凸を伴う下地の露出が見受けられます。最も外部からの接触が多く、キズも深くなりがちな部分ですので、できるだけ平坦にして毛羽立ちなども抑えて仕上げます。
シューレースホール付近から履き口にかけては剥離と劣化が見られ、インソールの固定力も低下していて内部で動いてしまう状態でした。直接足が触れる部分ですので、洗浄をしっかり行いつつ、剥離部分も目立たないような補修を行っていきます。
側面の革は小指付近に細かなヒビ割れが集中しているので、つま先同様、平坦化を行います。
ソールの側面は、歩行時の衝撃や外部からの接触を防ぐバンパーのような役割もあり、かなり強い力が加わります。そのため、突発的な接触などで「焼け」が入ってしまうことがあり、黒ずみが多発しやすい部位です。硬質化(結晶化)した部分は集中的なクリーニングを行い、ソールが削れて減ってしまった部分は補強します。
今回は使用頻度も高く、各種部位の劣化もありましたので、通常のスニーカークリーニングに加え、徹底的に洗浄を行う「激しい汚れ(二度洗い)」のオプションを追加した作業をご紹介いたします。
スタンスミスのスニーカークリーニングの手順
①ドライブラッシングとインソール分離
スニーカークリーニングには多くの工程がありますが、重要なのが最初に行うブラッシングです。水にさらす前に全体をしっかりとブラッシングすることで、水分によって内部に浸透してしまう可能性がある汚れを、ある程度取り除くことができます。これは、ご家庭でスニーカーをお手入れをする際にもオススメの方法です。クリーナーなどを使用するのが面倒な場合は、履いた後にブラッシングをするだけでも靴の汚れを抑えることができます。
スニーカークリーニング前の準備として、取り外せる部分はできる限り外しておきます。靴紐はもちろん、インソールもドライヤーなどで温め、接着剤を緩めてから丁寧に取り外します。この作業を行うことで、インソールの接着部分に付着したホコリなど、雑菌の温床になりやすい細かい部分まで汚れを取り除くことが可能です。
②専用洗剤とオゾンを使用した分解洗浄
靴専科のスニーカークリーニングでは殺菌効果のあるオゾン水を使用することで、汚れや雑菌を徹底的に除去。ニオイも軽減させるだけでなく、その原因になる汗・皮脂などを分解洗浄してリフレッシュさせます。乾燥の工程では、オゾン照射を行いながら分子レベルで殺菌・消毒・消臭を行うので、洗浄成分が届かない内部も清潔な状態になります。
※全ての菌を除去するものではありません。
今回は「激しい汚れ(二度洗い)」オプション付きのスニーカークリーニングのため、まず最初に非常に泡立ちの良い専用洗剤を使った仮洗いで油分汚れの分解と汗などの成分の中和を行います。革素材は人間の皮膚と同じような扱いで洗浄する方が良く、革質によっては昔から使用されている牛乳石鹸なども使用しています。泡には革素材の表面から汚れ(特に固体の粒子汚れ)を吸い取って包み込む働きがあるので、「激しい汚れ(二度洗い)」オプションの工程では泡が引けるまで少し時間を置きます。
泡の状態を確認しながら汚れが再び付かないタイミングでしっかりすすぎ、革に負荷をかけないよう付着成分の除去をゆっくり行います。この段階ではあまり変化はありませんが、油分や皮脂、汗の塩分などをきちんと落とすことにより、次の工程(本洗い)の洗浄効果が向上します。
③二度洗い(本洗い)で汚れを徹底的に除去
仮洗いが済んだらオゾン乾燥機で乾燥・殺菌消毒後、再度細かい部分の洗浄を行います。初回の洗浄で皮脂や外的要因によって付着した油分などを取り除くことで、二度目の洗浄時には異なる効果の洗剤を使えるようになります。また、乾燥工程を一度挟み、濡れているときには見えない汚れや変色の露出を明確にすることで、問題の解決に繋がります。
特にスタンスミスの場合、初回の洗浄では取り切れないソール側面の凹凸部分に付着した汚れや、シューレース内部に出やすい不快な毛玉を本洗いで取り除きます。
まずはメラミンスポンジで汚れの除去を試みますが、シボ(シワ模様)の内部に入り込んだ汚れは残ってしまいます。
そのような場合は、汚れの度合いに合わせた特殊なナイロンタワシを複数使って洗います。凹凸の深いシボ部分は新品の通称「赤」を使用すると、内部に辿り着いて汚れを掻き出すことができます。
革の部分は、メラミンスポンジで慎重に撫でて汚れを取ります。シワの内部に黒ずみが溜まりやすいので、裏側からタオルなどで圧をかけつつ表層を薄く剥がすようにゆっくり取り除きます。
右側のみメラミンスポンジで処理しています。角を使ってソールと本体の隙間の汚れも丁寧に取り除きます。
劣化により繊細な扱いが必要なインソールは、少し使い込んで滑らかになった通称「青」のナイロンタワシを使って繊維の奥の汚れを取り除きます。布地が薄くなって下地が多く露出してしまい、完璧に取り除くのは難しいですが、できるだけ不純物の除去をしっかり行います。
雑菌の温床になりやすいインソールの裏面は、ホコリを巻き込んだ接着成分ごと削るように取り除きます。
靴紐の黒ずみを完全に取り除くことは難しいですが、キャニスター(保存容器)に特殊ブレンドの液体を入れて浸け込み、反応が効果的な温度を一定に保ち、白化処理を行います。
④洗濯機を使った脱水
本洗いの工程では大量の水を使い、徹底的にすすぎます。洗剤などの残留成分が変色やシミの原因になってしまうので、洗剤1:すすぎ9の割合ですすいでいます。スニーカーは紳士靴などと違い、内部に肉厚のスポンジ素材が多用されていることも多く、流水だけではすすぎ切れないため、洗濯機を使って脱水。実はこの工程が非常に重要で、3分の脱水は30分のすすぎに匹敵する効果があるとも言われています。
ただ、スニーカーを洗濯機でそのまま脱水してしまうと、かかとが潰れたりつま先が変形してしまうので、内側にマイクロファイバーのタオルを詰め込み、大きいタオルでしっかり包んでから脱水。この工程はタオルを変えつつ、多いときで7分×2回=14分行うこともあります。
⑤オゾン乾燥機による仕上げ乾燥
シューキーパーとマイクロファイバーをスタンスミスの形状に合わせて封入し、比較的強めの圧をかけ、オゾン乾燥機による乾燥・殺菌消毒で形状を安定させます。特につま先やかかと付近が変形しやすいので、しっかりと丸みが出るように整えます。
⑥スニーカークリーニングの完了
「激しい汚れ(二度洗い)」オプションを選択した場合のスニーカークリーニングの工程が完了しました。
⑦補色によるキズスレ補修
スニーカークリーニングで汚れやニオイなどは取り除くことができましたが、それだけでは新品のようにはなりません。
細かく確認すると、つま先のキズスレや凹凸が残っており、かかとの履き口付近やバックタブにも色抜けがあります。
また、最近のトレンドでソールの色は元々少し黄色気味ですが、長く履いていると、より濃い黄色になりアッパーの白色と差が目立ってしまうため、今回はソールも特殊な補色を行います。
まずは全体をマスキングして、下塗りをします。
できるだけ薄く、何層にもわたって色を重ねることがポイントです。
下塗り完了後、39.0℃に温度管理した乾燥BOXで24時間静置して、完全硬化させます。
下塗りが完全硬化することで、露出した下地の黒っぽい色が染まりました。これまでの工程で不純物をしっかり取り除き、補色剤の浸透性を向上させたので、下塗りの薄い塗膜でも下地の色が透けないように仕上がります。
各所に残った凹凸を伴うキズを埋めていきます。専用の補色剤に添加剤を混ぜ込み、革の状態に合わせた調合をして補色します。
凹凸部分は1500番の紙やすりやメラミンスホンジを用いて空研ぎを行い、できるだけ風合いを残しつつ平らにします。
バックタブは、新品の色に合わせて少し濃い目のグリーンを調色し、染めていきます。
⑧ソールの修理・交換(オールソール)
ソールの摩耗も進んでおり、かなり滑りやすい状態のため、耐久性とグリップ力に優れたビブラム製のソール(#342 MINI RIPPLE)を取り付けます。濡れた地面でも安心して歩ける強力なグリップ力が特徴の「MEGA GRIP」シリーズのソールで、RIPPLE(さざ波・波紋)のような形状のソールです。別名ミニシャークとも言われています。
ソールの外側が酷く摩耗していますが、この部分だけ高さを戻すと、補修の痕跡が目立ちやすくなります。
高さを戻す素材を均等に行き渡らせるように加工して、できるだけデザインの一部に見える方法で修理します。
⑨補色・修理・交換の完了
スタンスミスは年代で仕様が大きく異なりますが、素材別の補修方法は確立されています。今回は、可能な限り元の風合いを残しつつ、様々な仕様に幅広く対応できる方法を説明させていただきました。
スニーカーの加水分解にはソール交換がオススメ
スニーカーは時間が経つと、どうしてもソールなどで加水分解が発生してしまいます。加水分解とは、大気中の水分をウレタン素材が取り込み、ベタベタに分解してしまう症状です。また、ソールの硬化はよく加水分解と間違えられますが、これは素材の柔軟性などを維持する可塑剤(かそざい)という添加物が、時間の経過で抜け落ちてしまう症状です。外に出しっぱなしにしていた水色の水道ホースが白っぽくなって割れてしまう症状と同じです。
ソールは早ければ3年程度で分解・劣化してしまいますが、近年のスニーカーカスタムではソールスワップなどの移植修理が行われることもあります。新品のスニーカーを分解して廃棄物を増やしても、結局は数年で同じように分解してしまうため、靴専科ではできるだけ元の素材を残して修理する方法を模索しています。
一方、完全に分解が始まっている場合は、安全面に配慮しながら元のソールをすべて取り外し、新しいソールをカスタムデザインする方法をオススメしています。元のデザインと変わってしまいますが、せっかくソールをフルリニューアルするのであれば、自分だけのカスタムデザインを楽しむのも良いかと思います。
また、ヴィンテージスニーカーをオリジナルの雰囲気に甦らせたい方も多いのではないでしょうか。例えばカンガルーモデルや80’s、珍しいエナメル素材やメイドインフランスの古いモデルなど、修復を諦めていたスニーカーを復活させることも可能ですので、ぜひ一度ご相談いただければ幸いです。
靴専科 Vivit南船橋店
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